アナログ人間の独り言~阪神タイガース・映画・サブカルチャー・旅行等々
アミューズメント施設がほぼ完成した頃(93年)、ダチョウ倶楽部が3つのテーマゾーンの被り物を着て出演していたCMのコピーです。



MOVIXの撤退とシネウェーブの立ち上げに象徴される現在の六甲アイランドの苦境と将来像について調べていると、どうしても避けて通れないある事業が浮き上がって来ます。
六甲アイランドの最南端、マリンパークの中央に建設され、たった4年間の営業期間ながらもある意味六甲アイランドの最も華やかだった時代の象徴ともいうべき存在。
その鮮烈なイメージは今も人々の心に焼き付いている筈なのに、広大な跡地のかなりの部分はまだ遊休地のままで、再活用の目処すら付いていません。
また現存する資料も少なく、当時はまだインターネットが普及していなかった為か、ネット検索でもその情報の痕跡は殆ど引っ掛かからない状態です。
しかしMOVIXオープン以前の90年代の一時期、レジャーパーク「六甲ランド・AOIAアオイア)」は確かにこの場所にあったのです。

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現在のAOIA跡地とかつてのAOIAダイナバーン」の夜景。
現在、「ダイナバーン」跡地には神戸国際大学が建っており(向こうに見えるのがそう)、更地状態なのはかつて「スプラッシュガーデン」と「ダイナヴォックス」のあったゾーン。

ポートアイランドに続いて第二の人工島として開発された六甲アイランドは、都心に近い一等地を人工的に創り出すというポーアイ時代の目標に加えて、より完成度の高い居住空間を備えた海上都市の建設という目標がありました。
都市計画は居住区を中心に産業区画と完全に分離して設計され、文化・レクリエーション施設として第二次事業に遊園地を、第三次事業として高感度集客施設「KFP」(映画・美術館)の建設を推進する事になります。

AOIA」はこの第二次事業で神戸市が88年に公募したコンペに、西武セゾングループの不動産部門だった西洋環境開発が提案した総合リゾートテーマパーク計画でした。
海上都市六甲アイランドに相応しい、海(水)と娯楽が見事に調和した空間…。
海の青と大地(ガイア)から成る造語、それが「AOIA」の由来です。

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建設前の「AOIA」完成予想模型。
総事業費800億円近い巨大プロジェクト。リゾートホテルを完備し、コンパクトながらもテーマパークのエッセンスが凝縮され、典型的なバブル期の勢いで計画しバブル崩壊後に建設されたレジャー施設でした。
実際に建設されたものと随分外見に違いがあるものもありますが、「スプラッシュガーデン」「ダイナヴォックス」「ダイナバーン」の3つのゾーンは明確に再現されており、パークに張り巡らされた「キャナル」、真ん中を貫通する「オーシャンデッキ」もほぼ実現したものに近い姿になっています。
「オーシャンプラザ」はこの時点ではかなり大規模な建築物を建てる予定だったらしく、管理棟(六甲環境計画)のあった所には教会らしき物も見えます。
興味深いのは、結局建設には至らなかった「ゲートハウス」…リゾートホテルのかなり精密な模型があることです。
事業計画の説明イラストもほぼ同一デザインのものが紹介されており、外見的にはこれと同じものが建設される予定だったと考えていいでしょう。
全室バルコニー付きのこのホテルは「AOIA」の正面玄関に位置し、現在も六甲ライナー・マリンパーク駅から伸びている遊歩道(模型上部にも再現)はこのホテルの中央を突き抜け、「オーシャンデッキ」に接続されています。
実際、「オーシャンデッキ」完成時にはこの遊歩道と接続されたのですが、ホテルの部分は建設工事を見越していたのかかなり細い仮設陸橋で、そこから「ダイナヴォックス」や「スプラッシュガーデン」に陸橋が延びているといった具合でした。
しかしながら、相次ぐホテルの建設延長にもめげず、震災直前にはホテル予定地には巨大な鉄柱が何本も建ちます。それは恐らく模型にもある遊歩道を囲む巨大なゲートの支柱だったに違いありません。
また、模型では実際には実現しなかった造波プールが「スプラッシュガーデン」内にあります。
他に細かい部分を言うと、「ダイナバーン」のアトラクション施設も実際のものとはかなり違います。
回転木馬とウェーブスウィンガーの位置関係・スケール共に結構いい加減で、「AOIA」のシンボルだった観覧車もありません。
唯一現存する施設である立体駐車場も模型にはなく、プロムナードになっています。

では、現実に作られた「AOIA」はどのような施設だったのでしょうか?

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94年3月、つまり最後の営業年度の園内マップ。
パークは91年からゾーン毎に順次開園し、93年にホテルを除いてほぼ完成形に近付きました。
そしてその時点で年間200万人もの入場者を記録、関西を代表するテーマパークとなったのです。

スプラッシュガーデン」 SPLASH・GARDEN


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1991年7月14日(日)オープン。
巨大なプール施設。水のテーマパーク「AOIA」で一番最初に稼動したゾーンです。

「Super Whooper(スーパーフーパー)」

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写真にある巨大なパイプの山が、世界最大50本のウォータースライダーを備えた、あの「スーパーフーパー」です。
御覧の通りその迫力は異様で、私は今に至るまでこれに匹敵する規模のスライダーを他に知りません。
「芝政」のスライダーでもかなり興奮していたウチの子供達も、この写真を見て驚いていました。
「どこのプール」と訊き、これがかつて目と鼻の先の六甲アイランドにあったのだと知ると2度ビックリ。
文字通り「AOIA」施設最大の魅力であり、他のテーマパークと一線を画する最も強烈なインパクトのある施設でもありました。
スライダーの高さは16mと12mの上下2層。色で大体3つのクラスに分かれているのですが、50本それぞれに特徴があり、全く同じものはありません。
最長のチューブは151mもあり、全てのスライダーを繋げると全長6キロに達しました。
最も厳しいチューブの最大斜度は33度!(スキーでも25度超えると殆ど断崖絶壁に見えてしまいます…)
最高時速36kmの速度が体感出来たとの事(視点が地を這っている状態なので、体感速度はその2~3倍かと…)。
94年サマーシーズンには一部改装して「ブラックチューブ」なるスライダーが登場。
光を通さない真っ暗なチューブの中、殆ど真下に落下して行くだけと言うこの究極のスライダーは、視界を奪われた上に飛び散る水飛沫でちょっとした窒息状態を味わえる、まさに高所恐怖症・閉所恐怖症の人間には耐えられない恐怖の(絶叫すら許されない…口を開ければ水が入って来ます)アトラクションでした。
スライダーには水着のまま滑れるボディスライド用が32本(金具など水着に厳しい制限がありました)、専用浮輪に乗って滑るインナーチューブスライド用が18本あり、浮輪は1日500円でレンタル、カウンターにてリストバンドをもらいそれを腕に装着していれば終日遊べました。カップル用にペア浮輪も有り。

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オープンした91年、それ程大々的な宣伝もしていないのに口コミでその噂が全国に伝わり(まだインターネットも普及していない時代)、たった2ヶ月の営業期間で60万人が殺到しました。
写真にある、何本もある階段とスライダーを取り巻く行列でも、その人気の程が判るでしょう。
因みに写真は「ダイナバーン」完成以前の92年頃のもので、工事中の「ダイナバーン」の一部と水の無いキャナルが見えます。

「Streamer(ストリーマー)」

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日本最長、全長740mの流水プール。
「スーパーフーパー」の周囲を一周約20~30分で遊泳出来、途中5箇所の「ウォーターフィーチャー」と呼ばれるスポット(ランダムジェット・パイプライン・ミストアイランド・ウォーターカーテン)では、ランダムに飛び出してくる水のいたずらが楽しめました。

「Whooper Junior(フーパージュニア)」

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子供向けのプール。
シャワー・噴水・水のアーチ・すべり台が揃い、微妙に変化に飛んだレイアウトは親水公園といった感じの水の遊び場。
「AOIA」が決してハイターゲット限定ではなく、家族連れにも楽しめるよう設計されたウォーターパークだった好例です。
スプラッシュガーデン」へ入場してすぐ左手、橋で「ストリーマー」を越えた「スーパーフーパー」の北側にあり、年少者用として区別する為に柵で囲まれていました。

この他、造波プールを建設する予定だったかどうかは不明ですが、意外と普通のプールが無いのが不思議と言えば不思議です。

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「スプラッシュガーデン」のエントランス施設「サンデッキ」と「パラソルデッキ」。男女それぞれの更衣室、シャワールーム、休憩所などが完備しており、屋上やバルコニーにはデッキチェアが並べられていました。

レストランやファーストフードは園内の至る所にあり(5棟の建物、スーパーファウンテン・ストリーマーファウンテン・ポップンハウス・マーメイドキッス・スプラッシュカフェ、それぞれが複数の窓口を装備)、混雑時でもかなりスムーズに対応出来ていた覚えがあります。個人的には海側東端の「ストリーマー」中州(島)に建っていた建物の2階にあったスプラッシュカフェが、比較的穴場だったような…。
また再入場専用のスタンプを腕に押して貰うと、プロムナードゲートから南公園「海のプロムナード」へ自由に出入り出来、水着姿の多くの若者が海岸公園を散策する風景が話題にもなりました。

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オープン前日の夕刊に掲載された新聞広告。
神戸の市街地をバックに波濤の中にそびえる「スーパーフーパー」の迫力が凄まじいです。

入場料 大人・(91年)2500円
       (92年以降)2900円(午後15時からは1500円・93年からはダイナエントリー込み)
    中学生・(91年)2000円
        (92年以降)2400円(午後15時からは1200円)
    小学生・(91年)1500円
        (92年以降)1900円(午後15時からは1000円)
営業期間(94年) 7月9日~9月18日
営業時間(94年) 10時~17時(7月21日~8月末日は9時~18時)
定休日 営業期間中無休

続きは次回。

(注)当時の情報や数値についてはガイドブックや公報等を調べましたが、同じ事項でもメディアによっては全く違った事を書いていたり数値も違っていたりしており、あとは自分の記憶と、出来るだけ新しい情報源を優先させる事にしました。もし何かお気づきの方がいらっしゃれば、コメント頂けると助かります。

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【2010/07/13 23:27】 | AOIA
【タグ】 AOIA  アオイア  スプラッシュガーデン  ダイナヴォックス  ダイナバーン  六甲アイランド  
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No title
ミスターエックス
造波プールですか、懐かしい話です。これは当時、社内でも真剣に検討していましたね。全国各所にある造波プールを調べたり・・・。波を起こすには技術的にいくつかの方法があるのですが、各々の方法のメリット、デメリットの比較とかもしていました。

それ以前に、そういう遊びの要素が、さらに追加するアミューズメントとしてAOIAに必要かどうかということも含めて。もちろん、費用対効果という経営面での判断もありましたし。

むしろ、大きな課題としては、屋外プールの稼動期間は7月から9月末までの約3ケ月間しかありませんから、1年間で考えると、残りの9ケ月間をどうするかということの方が、経営サイドから考えれば悩ましい問題でした。
色々なアイデアがありましたね。たとえば、冬場は、流水プールの水を抜いて、そこでドッグレースをやったらどうか、とか・・・。まあ、今でしたら足湯の方が、ウケるかもしれませんね。

そういうこともあって、年間通して集客できる遊園地ゾーンの拡充という方向に軸足が動いた感じでした。そうして全国各地から観光客というか、団体客に来てもらおうということです。
そのためには、観光バスが20台くらい駐車できるバス専用駐車場が必要になりますし、団体客が一斉に食事できるような席数の多い飲食店も必要だろうということで、バーベキューのレストランを設けたりしました。

No title
ミスターエックス
「AOIA・来イア・オモロイア」

私も、忘れていました。懐かしいコピーです。当時、関東でブレイクしつつあった「ダチョウ倶楽部」ですが、関西ではまだあまり知られてなかったですね。
それが逆に新鮮だ、ということで「ダチョウ倶楽部」の起用を提案したのは、某大手広告代理店の電通さんでした(笑)。このTV CMの製作現場に私も立会いましたけれど、本当に面白かったです。

ちなみに、50本のウォータースラーダー「スーパーフーパー」のオープン告知のコピーを覚えておられますでしょうか?

「50回イク」でした(爆)。
かなり衝撃的というか、恥ずかしいというか・・・・。このドスケベな?コピーを制作した広告代理店はI&S(現在の社名はI&S BBDO)でした。

Re: No title
aki
こんばんは、ミスターエックスさん。

造波プールについては、あれだけ大きなAOIAの施設の中で、バリエーションの一つとしてあってもいいなとは思っていました。
ただ、仰るとおり夏季限定の施設を拡充する事にどれだけ意味があるかは別ですが…。
プールに限らず、AOIAではシーズン通しての施設稼働率アップが重要な課題だったようですね。今でも六甲アイランドは冬場は全く人がいませんし、AOIAの後継施設であるデカパトスのプールも、あれだけ夏場の混雑が不評にも関わらず拡大しない理由はその辺にあるのかも知れません。

バーベキューレストランの「ターキーズターキー」は、一回だけ利用した事があると思うのですが、フルーツフラワーパークや他のバーベキューレストランと混同してしまって、残念ながらはっきりとは思い出せません。
それにしてもAOIAの施設拡大には、当然の事ながら戦略的な積極的市場開拓が考えられていた訳で、遊休地をもてあそんでいる今の六アイの場当たり的な施設運営を見ていますと、どうしても勢いの差というものを感じてしまいますね。
あの当時の賑わいと、六アイの現状を比較すると、とてもバブル崩壊や震災の影響だけでは理解し得ない時代の流れ的なものを考えてしまいます。

「スーパーフーパー」オープン時の宣伝コピーは、正直記憶にありませんでした(笑)。
でも、ターゲットを若者に絞った、明確な広告ですね。
ダチョウ倶楽部のCMは、今でも良く覚えています。
スプラッシュガーデンのプールサイドで、外人相手に被り物を着て(上島氏がタコみたいなスーパーフーパーだったと思います)、このコピーを言うけど何だか理解されないといった感じでした。
結構、放送されてましたよね?

No title
ayaka
明日温泉にでも行きたいな~っと言う私に、息子君がウォータースライダーがある所がいいな!!っと言ったのをきっかけに頭の中で一気に弾けたAOIAでの思い出。うpしてくださってる画像の数々を見てなんだかとっても嬉しかったです。ありがとうございました。
行ったのは私が小学生か中学生の頃だったんですけどホントに大好きだったんですよー。自分の子供達を連れてってやりたいのに。。。今はもうないんですもんね。楽しかったAOIAでの思い出も、震災も、震災でもうAOIAがダメになったと聞かされた時のこともいろいろ思い出しました。

Re: No title
aki
こんばんは、ayaka様。
コメント、ありがとうございます。

長い間野晒しになっていたAOIAの廃墟は、今でも憶えています。
遠方から見れば何の異常も無さそうな施設でしたが、フェンス越しに見れば痛々しいひび割れと破片で覆われていました。
海辺の被災した公園の写真は随分撮影しましたが、AOIAは全く撮影していません。
街中の惨状に比べると、それ程ダメージが大きい様には見えませんでしたので…。

AOIAの資料は本当に少ないですね。
これからも機会があれば調べたい事は多いのですが、多分これ以上は直接関係者や関連機関に当たらないと無理な様な気がします。

また気軽に遊びに来て下さいね。

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この記事へのコメント
No title
造波プールですか、懐かしい話です。これは当時、社内でも真剣に検討していましたね。全国各所にある造波プールを調べたり・・・。波を起こすには技術的にいくつかの方法があるのですが、各々の方法のメリット、デメリットの比較とかもしていました。

それ以前に、そういう遊びの要素が、さらに追加するアミューズメントとしてAOIAに必要かどうかということも含めて。もちろん、費用対効果という経営面での判断もありましたし。

むしろ、大きな課題としては、屋外プールの稼動期間は7月から9月末までの約3ケ月間しかありませんから、1年間で考えると、残りの9ケ月間をどうするかということの方が、経営サイドから考えれば悩ましい問題でした。
色々なアイデアがありましたね。たとえば、冬場は、流水プールの水を抜いて、そこでドッグレースをやったらどうか、とか・・・。まあ、今でしたら足湯の方が、ウケるかもしれませんね。

そういうこともあって、年間通して集客できる遊園地ゾーンの拡充という方向に軸足が動いた感じでした。そうして全国各地から観光客というか、団体客に来てもらおうということです。
そのためには、観光バスが20台くらい駐車できるバス専用駐車場が必要になりますし、団体客が一斉に食事できるような席数の多い飲食店も必要だろうということで、バーベキューのレストランを設けたりしました。
2011/03/25(Fri) 01:13 | URL  | ミスターエックス #-[ 編集]
No title
「AOIA・来イア・オモロイア」

私も、忘れていました。懐かしいコピーです。当時、関東でブレイクしつつあった「ダチョウ倶楽部」ですが、関西ではまだあまり知られてなかったですね。
それが逆に新鮮だ、ということで「ダチョウ倶楽部」の起用を提案したのは、某大手広告代理店の電通さんでした(笑)。このTV CMの製作現場に私も立会いましたけれど、本当に面白かったです。

ちなみに、50本のウォータースラーダー「スーパーフーパー」のオープン告知のコピーを覚えておられますでしょうか?

「50回イク」でした(爆)。
かなり衝撃的というか、恥ずかしいというか・・・・。このドスケベな?コピーを制作した広告代理店はI&S(現在の社名はI&S BBDO)でした。
2011/03/25(Fri) 01:50 | URL  | ミスターエックス #-[ 編集]
Re: No title
こんばんは、ミスターエックスさん。

造波プールについては、あれだけ大きなAOIAの施設の中で、バリエーションの一つとしてあってもいいなとは思っていました。
ただ、仰るとおり夏季限定の施設を拡充する事にどれだけ意味があるかは別ですが…。
プールに限らず、AOIAではシーズン通しての施設稼働率アップが重要な課題だったようですね。今でも六甲アイランドは冬場は全く人がいませんし、AOIAの後継施設であるデカパトスのプールも、あれだけ夏場の混雑が不評にも関わらず拡大しない理由はその辺にあるのかも知れません。

バーベキューレストランの「ターキーズターキー」は、一回だけ利用した事があると思うのですが、フルーツフラワーパークや他のバーベキューレストランと混同してしまって、残念ながらはっきりとは思い出せません。
それにしてもAOIAの施設拡大には、当然の事ながら戦略的な積極的市場開拓が考えられていた訳で、遊休地をもてあそんでいる今の六アイの場当たり的な施設運営を見ていますと、どうしても勢いの差というものを感じてしまいますね。
あの当時の賑わいと、六アイの現状を比較すると、とてもバブル崩壊や震災の影響だけでは理解し得ない時代の流れ的なものを考えてしまいます。

「スーパーフーパー」オープン時の宣伝コピーは、正直記憶にありませんでした(笑)。
でも、ターゲットを若者に絞った、明確な広告ですね。
ダチョウ倶楽部のCMは、今でも良く覚えています。
スプラッシュガーデンのプールサイドで、外人相手に被り物を着て(上島氏がタコみたいなスーパーフーパーだったと思います)、このコピーを言うけど何だか理解されないといった感じでした。
結構、放送されてましたよね?
2011/03/26(Sat) 02:29 | URL  | aki #TMInTtVg[ 編集]
No title
明日温泉にでも行きたいな~っと言う私に、息子君がウォータースライダーがある所がいいな!!っと言ったのをきっかけに頭の中で一気に弾けたAOIAでの思い出。うpしてくださってる画像の数々を見てなんだかとっても嬉しかったです。ありがとうございました。
行ったのは私が小学生か中学生の頃だったんですけどホントに大好きだったんですよー。自分の子供達を連れてってやりたいのに。。。今はもうないんですもんね。楽しかったAOIAでの思い出も、震災も、震災でもうAOIAがダメになったと聞かされた時のこともいろいろ思い出しました。
2013/09/07(Sat) 18:00 | URL  | ayaka #-[ 編集]
Re: No title
こんばんは、ayaka様。
コメント、ありがとうございます。

長い間野晒しになっていたAOIAの廃墟は、今でも憶えています。
遠方から見れば何の異常も無さそうな施設でしたが、フェンス越しに見れば痛々しいひび割れと破片で覆われていました。
海辺の被災した公園の写真は随分撮影しましたが、AOIAは全く撮影していません。
街中の惨状に比べると、それ程ダメージが大きい様には見えませんでしたので…。

AOIAの資料は本当に少ないですね。
これからも機会があれば調べたい事は多いのですが、多分これ以上は直接関係者や関連機関に当たらないと無理な様な気がします。

また気軽に遊びに来て下さいね。
2013/09/08(Sun) 00:56 | URL  | aki #TMInTtVg[ 編集]
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