アナログ人間の独り言~阪神タイガース・映画・サブカルチャー・旅行等々
本日、109HAT神戸で鑑賞。

アニメシリーズが、ほぼ原作を忠実にトレースしているのに対し、この実写版は前編において原作をベースにした独自世界観の展開でエレンの巨人化までを描き、この後編では全くのオリジナルストーリーが繰り広げられます。
完結編です。
原作はまだ完結していませんが…(かなり核心に迫って来ていますけど)。
ですから原作やアニメ版では明かされていない謎の一部や世界の裏側も(かなりあっさりと)説明が入ります。
作品世界と現実(現代)世界の境目である混乱期も映像化されています。

まず87分という上映時間の中によくこれだけのものが詰め込めたと感心します。
逆に言うと、もう少し尺を伸ばしても良かったのではないかとも思うのです。
正直、ストーリーや人物の描写は二の次にされ、拡げた風呂敷を物凄い勢いで畳んだ感がありますので。
前編ではあれ程脅威を感じた巨人達も、今回は殆ど登場せず活躍するのは主力級の数体のみ。
人間があれだけ自由に壁外で活動出来るなら、巨人に対する恐怖は後編においてあまり説得力を持たなくなってしまいます。

前編に登場した不発弾やヘリコプターは、上手く伏線として後編で処理され、原作やアニメ版にはない現文明との接点として他の小道具や映像と共に生かされており、これがこの実写版の特長にもなっています。
つまり原作を離れてこの映画は観るべきでしょう。
有名漫画の映像化が売りなのに、原作を離れて評価するっていうのは一般人(原作ファン)には無理な事でしょうけど。
ネットでの炎上ぶりに対して映画評論家の評価が高いのは、恐らく漫画を知らない人がいきなりこの映画を観た結果だと思います。
そう考えるとこの前後編も案外捨てたものでもないと思うのですが…。
原作ファンはアニメを観ましょう。

それでも疑問点が幾つか。
主人公の目的と、シキシマ、クバルの目的が途中からごっちゃになってしまい何が何だか判らなくなってしまいました。
彼らは壁を壊したいのか?直したいのか?
外へ出たいのか?
何れにしろ、もっと他に方法があるのではないか?
特に後編は巨人の登場数が少ない上に、かなり狭いエリアでのストーリー展開で何だか閉塞感を覚え、世界観の矮小化と共にこの目的意識の混沌化、希薄化が非常に気になりました。
映画独自のキャラクターを貫くなら、もう少し描き込みが足りない様に思います。

上映方式も考えものです。
この上映時間で前後編で分けて上映するなら、最初からまとめて3時間上映すべきです。
これで別々に料金を徴収するのはあんまりですし、作品内容から見てもまとまりが悪過ぎます。
興行的にも「ジュラシック・ワールド」や「ミニオンズ」を向こうにまわして、かなり苦戦したと聞きます。

エンドタイトルの後に出て来たラストシーン。
あれは一体何でしょう?
「政府」と称する連中が全てを管理していたという事でしょうか?
多分この映画ではそういうオチなんでしょうね。
しかしこの映画、原作者とはかなり念密な打ち合わせを行って製作して来たと言いますし、原作者自身この映画作品を絶賛しています。
という事は、このオチ自体に原作への伏線が隠されているのかも知れません。
支配者層による管理なんていう甘いものではなく、世界そのものを支配する絶対者の出現。
光瀬龍・萩尾望都の「百億の昼と千億の夜」もびっくりというラストが待っているのかも?
エドモンド・ハミルトン「フェッセンデンの宇宙」、或いはドラえもん「地球セット」「固形空気」、ネットミラクルショッピング「宇宙模型」…。
このラストの扱いを原作ではどうするのでしょうか?
完全にスルーかも知れませんが。

ミニチュアを主体とした特撮は後編も健在。
やはりその映像は特撮研究所のカラーであり、東宝特撮のものではありませんでしたが…。
原作ファンには違和感があったかも知れませんが、アニメシリーズの24~25話等はまさに「サンダ対ガイラ」の再現。怪獣対決による都市破壊そのものでした。
だからこそ人間の俳優を使った巨人特撮は、本当に勇気ある決断だったと思います。
何だかんだでこの映画、よくやったと思うのですが…。

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【2015/10/20 17:24】 | 映画
【タグ】 進撃の巨人  樋口真嗣  東宝  東映  特撮研究所  尾上克郎  
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